コラム
(2013/12/03)
1年ぶりに、ブルネイにやってきた。乗り換え時間を除けば、日本から6~7時間で到着する。首都と首都の間を計測するならば、日本に一番近いイスラーム国である。
その上、日本に天然ガス、石油をずいぶんたくさん供給している。両国関係はきわめて良好で、さらに日本とブルネイの間の航路は安全で、供給の安心度も非常に高い。ところが、今のところ、日本でのブルネイの知名度はかなり低い。先日、TPPの交渉がブルネイの首都で開催された。その時に「どこ?」と思って、あらためて地図を確認した方もいると思う。
ボルネオ島の東部に位置し、東、南、西側の国境をマレーシア領に囲まれている。地元で聞くと、ボルネオの名は、もともとの「ブルネイ」をヨーロッパ人が訛って伝えたものだという。その分だけ、歴史の古さに矜持を持っている様子が伺える。
今回の訪問は、私の勤める京都大学の大学院(アジア・アフリカ地域研究研究科)とブルネイ・ダルッサラーム大学(UBD、以下ブルネイ大学)のイスラーム研究センターが共同で国際セミナーを開催するためであった。イスラーム研究センターというと研究施設のようであるが、実際にはイスラーム研究大学院なので、セミナーも大学院生が主体のものとなった。
王国らしく、このセンターには先王の名が記念され、正式にはスルタン・オマル・アリ・サイフッディン ・イスラーム研究センター(SOASCIS)という。ブルネイ大学は国で一番古く一番大きな大学であるが、センターは新設されてわずかに2年が過ぎたところである。教員と大学院生は国際色豊かな構成で、ブルネイ人のほかにインドネシア人、バングラデシュ人、ガーナ人、キルギス人、ドイツ人など多彩な顔ぶれとなっている。所長のオスマン・バカル教授はマレーシアの出身で、何度も訪日したことがある。私にとっては30年に及ぶ知己なので、話も通じやすい。
セミナーの主題は、グロ―バル化時代を迎えた現在、どのようなイスラーム研究を追究すべきかというものであった。イスラーム世界の現状は、イスラーム復興が一段落する一方、9・11以降の欧米との摩擦もあって、むずかしい時期が続いている。研究の方は、かつての西欧が中心であった古い時代から、アメリカが主流の時代を過ぎ、今や特定の中心地がなくなっているうえに、先進国からイスラーム圏を一方的に研究するというわけにもいかなくなった。
一言でいえば、グローバル時代にふさわしい理解が必要とされている。そこで、日本や東南アジアから新しいイスラーム研究の方向性を発信しようという提言をおこなった。これを「アジアからの発信」と呼んでいる。このアジアとは、「もともと非西洋ではあるが、すでに近代化を遂げたアジア」を
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